Tokyo Stillness
See Tokyo, differently.
Interview 2026.09.04
一冊の本を選ぶことは、東京の時間を持ち帰ること。森岡督行さんが語る、旅先で本と出会う楽しさ
東京を旅したとき、何を持ち帰るでしょうか。食や工芸品、写真もいいけれど、その街で偶然出会った一冊の本も、特別な旅の記憶になるかもしれません。銀座で「一冊の本を売る書店」森岡書店を営む森岡督行さん。今回はヒルトン東京お台場で過ごすための一冊として、梯久美子さんの『書くこと、生きること』(毎日新聞出版)を選んでもらいました。東京の書店で一冊と出会い、ホテルで読み、旅の終わりにはその本を東京で過ごした時間とともに持ち帰る。一冊から始まる、少し違った東京の楽しみ方とは?
森岡督行(もりおか・よしゆき)
森岡書店店主。神田神保町の一誠堂書店勤務を経て、茅場町で書店・ギャラリーを運営。2015年、銀座に「一冊の本を売る書店」をコンセプトとする森岡書店銀座店をオープン。本を起点に展示や作家との交流など、新しい体験を提案している。
一冊だけにすることで、出会いが広がっていく
森岡書店に並ぶのは、ある期間、一冊だけ。その発想は、茅場町で書店とギャラリーを営んでいたころ、新刊の出版記念イベントに一冊の本を目当てに人が集まる姿を見たことから生まれました。
「その一冊の本のためだけにお客さんが来てくださる。それを見ていて、この一冊だけあったら、ほかの本はなくてもいいんじゃないかと思ったんです」
店を始めると、出版社や作家、アーティストから思いもよらない企画が持ち込まれ、自分では選ばなかった本や人との出会いも生まれました。
「早い段階から、自分が選んでいるというより、選ばれているという感覚が強くなりました。そこから自分を超えていくような驚きもありましたね」
一冊に絞ることで生まれる余白に、予想しなかった出会いが入り込む。それが森岡さんの考える「一冊」の面白さです。

東京の本屋を歩くことは、小さな冒険になる
森岡さん自身、本を選ぶときに決まったルールはありません。その中で大切にしているのが、書店で偶然起こる出会いです。
「書店での場当たり的な出会いって、非常に面白い。それが本屋の一つの醍醐味ですよね。自分が予期しなかったものと出会える」
象徴的な場所として挙げるのが神保町です。
「古本屋がこれだけ集結している場所はそうはない。東京のアイデンティティであり、世界に誇る文化の一つだと思っています」
海外から訪れた人なら、日本語がすべて読めなくてもいい。写真集や装丁、紙の質感など、自分の感覚で一冊を選んでみる。森岡さんは、そうした本探しを「ブックハンティング」と表現します。
「ちょっと冒険みたいなことができると思うんですよね」
東京の書店で、自分だけの一冊を探す。それもこの街を知るひとつの方法です。
銀座にある森岡書店。ある期間に扱う本を一冊だけに絞り、その一冊を起点に展示やイベントを展開する。東京の書店を巡り、自分の感覚で一冊を探すことも、旅先で楽しめる「ブックハンティング」の一つだ。
旅先で買った本には、その場所の記憶が残る
森岡さん自身、旅先で出会った一冊によって、その土地の見え方が変わった経験があります。
小泉八雲ゆかりの場所では、美しい直筆原稿を見たことをきっかけに現地で本を購入。妻・セツとの関係を知るうちに、それまで怪談だと思っていた作品が「奥さんへのラブレターなんじゃないか」と読めるようになったといいます。
高知県立牧野植物園でも、牧野富太郎が亡き妻・壽衛の名を付けた「スエコザサ」を見て、「なぜ桜や蘭ではなく、こんなに素朴な笹なんだろう」と疑問を持ちました。売店で本を買い、ホテルで読むと、二人の出会いや妻の実家がお菓子屋だったことを知ります。
「当時のお菓子なら笹を使うこともあっただろうし、もしかすると笹自体が、奥さんを象徴するものだったのかなと思えてきたんです」
もちろん森岡さん自身の解釈です。けれど、旅先で見たものと一冊の本が結びつくことで、風景に新しい物語が重なる。どこで出会い、何を見たあとに読んだのかまでが、本の記憶になっていきます。

ヒルトン東京お台場で選んだ『書くこと、生きること』
今回、森岡さんが「ヒルトン東京お台場で読む一冊」として持参したのは、梯久美子さんの『書くこと、生きること』でした。
「ここへ来ると思った時に、自分だったらここで何をするだろう、と考えたんです」
そこで思い浮かべたのが、考えること、そして仕事をすること。
「昔の文豪がホテルや旅館にこもって仕事をしたように、ここで仕事をするのもいいんじゃないかと思ったんです」
以前から気になっていた本を読みながら仕事をする。そんな時間を想像して選んだ一冊でしたが、実際の滞在は予定と違うものになりました。
今回、ヒルトン東京お台場で読むために選んだ梯久美子さんの『書くこと、生きること』(毎日新聞出版)。旅先そのものを題材にした本ではなく、「この場所で自分は何をしたいか」という視点から選ばれた一冊だ。
仕事をするつもりが、本を読んで眠ってしまった
翌朝、「仕事はできましたか」と尋ねると、森岡さんは笑いました。
「結論から言うと、仕事は全くしなかったです(笑)」
プールで泳ぎ、身体を伸ばし、部屋で本を開く。夕食後もベッドで読み続け、そのまま眠ってしまったといいます。
「よし、ここでやろうと思っていたんですけど、そうはならなかったですね(笑)。でも、本当にいい時間を過ごさせていただいて、リフレッシュしました」
本を読み、泳ぎ、食事をして、眠る。予定通りに何かをこなすのではなく、その場で生まれた時間に身を任せる。それもヒルトン東京お台場で生まれた「余白」でした。

バルコニーから見えた「東京の稜線」
滞在中、森岡さんが何度も眺めていたのが、客室のバルコニーからの景色です。
「ここから職場までは、おそらく30分もかからない。でも、普段とはまったく違う東京にいる感じがするんです」
その切り替えのスイッチのように感じたのがレインボーブリッジ。そして翌朝、海の向こうの高層ビルを見ながら「ビルの稜線」という言葉を口にしました。
「山の稜線は、そこにあるだけで安心するような感覚がありますよね。都心のビルの稜線には、迫力とか、活動とか、鼓動みたいなものを感じます」
手前には海があり、魚が跳ね、カモメが飛ぶ。空には飛行機。その向こうに都市が広がります。「海と東京と空」が重なる景色。海を一枚挟んで眺めるからこそ、街全体がひとつの風景として見えてきます。その距離感も、本を開く時間を日常とは違うものにしていました。

一冊の本は、東京の感動を持ち帰るお土産になる
取材の最後、森岡さんは、森岡書店で一冊を買った外国人旅行者の話をしてくれました。その人は後日、本に出会い読んだことが「東京旅行の素晴らしい思い出になった」とSNSに投稿していたそうです。
「東京には本屋の面白さがあると思っています。本屋に行って、そこで何かを自分の感覚で選んで持ち帰る。それは旅の感動を記録するという意味でも、とてもいいことなんじゃないかなと思います」
ホテルで少し読み、続きを母国で読んでもいい。数年後に本棚から取り出したとき、東京の書店や街、海の向こうのビルの稜線まで思い出すかもしれません。
「感動すると、自分の中に何か気づきが生まれる。感動が次の何かをつくっていく。そう考えると、人との出会いや感動は、未来をつくることに等しいのかもしれない」
一冊を選び、ホテルへ持ち帰り、東京の景色を眺めながら読む。そして、その本とともに旅の感動を持ち帰る。ヒルトン東京お台場は、街で得た体験を少し離れた場所から受け止め、自分のものにしていくための余白をつくってくれます。
旅先で出会った一冊は、東京で過ごした時間まで持ち帰るためのお土産になる。その本が手元に残る限り、東京への旅もまた、そこで終わることなく続いていくのかもしれません。




